目次
「生きている火」
そこに色しか見えないのなら
言葉なんていらないでしょう
ふれてみたいというのなら
火に焼かれてもいいですか
色のままで生きられたなら
苦しまなくてすむでしょう
死とは燃えることならば
言葉も殺していいですか
「夢をみた人」
夢の背中をみていたような
ビルの窓から世界は終わる
友と別れの缶ビール
無口になれる老木の
それはそれでも美しい
背広のにおいの夕暮れを
もう捜さないでね夢は夢
終わりを知らない晩秋も
それはそれで美しい
「指先」
私が花になるときの
指先みたいな通り雨
雨に濡らした唇が
エロティシズムを口ずさむ
どこか遠くへいかないように
その指先で描かれる
花になりたい雨になりたい
「血」
形だけ愛を描くなら
痛みが君にわかるまで
赤い絵の具で切り裂いてください
B型色の血液は
絵にもなれず歌にもなれず
家族という名の暴力は
なまあたたかい日差しの中で
やさしく私を狂わせてゆく
「この空が見えなくなると」
この空が見えなくなると
ぼくの空は闇になるのか というと
そんなことはなかった
この街の暮らしが見えなくなると
ぼくの日々は風みたいになるのか というと
そんなこともなかった
きみの顔が見えなくなって
その微笑みにさえ気づけなくなるのか というと
そんなこともなかった
心の向こうが見えなくなって
失うことの明日に怯えたけれど
失うものなど何もなかった
青空も街も 愛するきみも
みんなみんな そこにいて
なにもなにも 変わってはいない
「このごろ」
どこの空にいるのでしょう
遠く離れてゆくときは
影も連れていきますか
夕焼けがもしもきれいなら
心まで連れていきますか
ときどき空をみていますか?
このごろ泣いていますか?
「涙ほのぼの」
涙ぽろぽろ出るときは
背負った荷物のその重さを
どれほどつらいと知ったとき
涙ほろほろ出るときは
何もできないことを知り
泣くより途方にくれたとき
涙ほのぼの滲むとき
そんな自分を胸に抱き
何もかもをひき受けて
生きてゆこうと決めたとき
生きてゆこうと決めたとき
「錆びた夜のために」
一人語りを口ずさむ
男の顔にも夜はくる
世界の色になじめずに
時間だけが錆びてゆく
あせる心をさぐる夜に
遥かな人を思うとき
笹の葉の音さらさらと
錆びた夜にも今日は七夕
「錆びた夜のために」
世界の色にはなれなくて
川のほとりに立ちつくす
影をなくした肉体が
あなたをみつけるためだけに
一人語りを口ずさむ
生まれた星をさがしても
夏の夜空はただただ広く
七夕の飾りさやさやと
錆びた夜のために星をみる
「なりゆき」
金魚鉢の中にいる
あなたがいつか動きをとめて
夏の光になろうとしてる
美しすぎるなりゆきに
怖くてぼくはそこから逃げた
人の心のその中に
汚れた色を捜そうとする
弱い大人になるための
なりゆきだけの出来事が
記憶の中ではただ美しい
「花の時間」
あなたが花になりたくて
光が満ちるそのときを
蝶はなぜだか知っていて
昔々のならわしを
壊して塗って壊して塗って
そして恐れることもない
あなたが花になるときに
私が蝶になるときに
世界は動く
愛も憎悪もねじふせて
世界は動く
「ありがとうの系譜」
私からありがとうが生まれる
そんな日がたしかにあった
視覚というものが私から消えたとき
この世界のすべてが見えない悲しみとなり
けして誰にも届かないのだと
心のすみで泣いたとき
人のやさしさの手にふれた
だけど私が重すぎて
その手を硬く拒んでいた
それでもその手はやわらかく
幾度も幾度も私にふれる
変わることのないやさしさが
あきれるほど純粋で
気軽な朝の挨拶みたいに
そっとそばにいてくれた
その手にふれて救われよう
ただそれだけでいいと思えたとき
ありがとうは生まれた
冬の窓から差し込む光を
はじめてこの手で受け止めた